今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

街道歩き

街道歩き、広重

2023年9月10日 街道歩きと浮世絵 東海道を歩いていると五十三次の浮世絵をたびたび目にします。その中で、袋井では街道沿いに何枚もの地元に関係する浮世絵が説明書きと共に飾られていて、とても楽しませてもらいました。これに対し、中山道では広重や英泉の…

今へ続く甲州街道を歩くと

今へ続く甲州街道を歩くと 甲州街道は五街道の中で最後に整備が完成しました。明和9年(1772年)とも言われています。よく、江戸から甲府までを甲州表街道、甲府から諏訪までを甲州裏街道と呼ぶことがあります。表と裏でその成り立ちは違っていたようです。 …

街道歩き、町並み

今年は例年になく暑い夏でした。猛暑日の日数も過去最高を記録したようです。9月に入ってだいぶ過ごしやすくなりましたが、街道歩きにはまだまだ耐えられる気候ではありません。そういっているうちに、秋雨だ台風だという時期に入り、再開できるのは気候が…

街道歩き、地酒と芭蕉

書きためた過去の街道歩きの足跡 過去の街道歩きのまとめ 過去に歩いた街道の様子を備忘録としてまとめ終えました。およそ6年半の間、踏破したのは、五街道では中山道と日光街道、脇往還では日光御成街道、日光西街道、日光例幣使街道、日光千人同心街道等で…

今へ続く日光西街道を歩くと

今へ続く日光西街道を歩くと 現代の日光西街道(壬生通り)を喜沢の追分から今市の追分まで辿りました。途中の楡木の追分から今市までは日光例幣使街道との相乗り区間となっていて、特に、今市までの杉並木は例幣使街道の杉並木として一般に知られていますが…

今へ続く日光例幣使街道を歩くと

今へ続く日光例幣使街道を歩くと 例幣使は日光東照宮に幣帛を奉納するために遣わされた勅使で、正保3年(1646年)から幕末の慶応3年(1867年)までの221年間、毎年欠かさず続けられました。この例幣使一行が主に往路だけ利用した上州倉賀野宿から野州楡木の…

今へ続く日光千人同心街道を歩くと

今へ続く日光千人同心街道を歩くと このブログの目的の一つは、今へ続く街道の様子を備忘録として残すことにありますが、脇往還になると名所・旧跡は少なく、どうしても「こっちの道に入って」とか「この坂道を上って」などの表現ばかりになってしまいます。…

今へ続く日光御成街道を歩くと

今へ続く日光御成街道 今へ続く日光御成街道を辿ってみました。この街道は日光御成道とも呼ばれ、その名の通り、将軍家の日光社参の道でした。慶長5年(1600年)、徳川家康はこの道を通って上杉征伐に向かい、その時の小山評定が発端となって、天下人の地位…

今へ続く日光街道を歩くと

今へ続く日光街道 日光街道を辿る旅の多くは国道歩きでした。明治以降、日光街道が国道4号や119号に置き換わり、街道筋は国道とともに発展していきました。近年の都市化の波に、かつての宿場の町並みが国道を中心に大きくなっていった町、国道とともにゆっく…

今へ続く中山道を歩くと

今へ続く中山道 6年と5ヶ月かけて歩いてきた中山道の道筋を振り返ってみました。 江戸時代の道をどれだけトレースしているのか分かりませんが、峠の上り下りの道、石畳の坂道、里山の草道等々、、、現代の旅人にとっても変化に富んだ歩き旅を体感できるのが…

気楽に街道歩き

こんにちは! ぶらり旅好きオヤジです。 ブログに挑戦してみようと思い立ちました。 お題 お題は街道歩きです。 これから甲州街道を歩きます。街道歩きの雰囲気が伝わればいいなあと思っています。 では、なぜ甲州街道なのでしょうか? これまで五街道では中…