今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

日光街道(3)北春日部から栗橋 その2

 

2013年12月29日 

 

日光御成街道追分

 

 公民館から10分くらいでT字路に突き当たります。ここは、日光御成街道との追分で、右方向が日光街道、左方向が日光御成街道江戸方面になります。

 日光御成街道は江戸本郷で中山道から分かれ、この地で日光街道と合流します。将軍家が日光参詣の際に利用した道です。

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 追分を右折して、10分ほど歩くと、再び、東武線の踏切を越えます。

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 幸手の街灯には桜の絵が描かれています。権現堂堤の桜をイメージしたものでしよう。

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幸手宿

 

 踏切から5分ほどで、道は左にカーブして、倉松川という小さい川に架かる志手橋に渡ります。ここが、幸手宿の入口です。

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 志手橋の先すぐの右手に、神明神社があります。境内には菅谷不動尊成田不動尊が祀られ、菅谷不動尊は別名たにし不動尊とも呼ばれています。眼病の人がたにしの絵馬を奉納すると御利益があるとされています。たにしの絵馬は全国的にみても珍しいそうです。また、ここには高札場がありました。

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 また、入口のかつて灯籠が乗っていた礎石には、明治初期の水準測定のための印(几号(きごう)高低標)が残っています。明治7年(1874年)にイギリス式の測量方法が導入されて、東京・塩釜間の水準測量を行った際に、神社の鳥居や灯籠などに設置されたものです。

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 その先、幸手駅入口交差点がありますが、この交差点手前の左側、マンションの入口脇に、明治天皇行在所跡碑が立っています。

 また、昭和10年(1935年)に建てられた明治天皇行在所の説明板が残っています。台と屋根の部分は復元されたものです。

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 幸手宿の町並みです。国道4号と比べて車通りが少なく静かな通りです。

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 左手には明治36年1873年)創業、酒屋の永文商店があります。趣のある建屋ですが、店の北側の壁には芭蕉曾良の旅姿の絵が描かれています。また、商品を運ぶためのトロッコレールが店の奥まで走っていることで有名です。

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 すぐの中一丁目南交差点、右角の小公園に問屋場跡の説明板が立っています。かつて、問屋場がありました。

 そのはす向かい、中一丁目交差点の左手角にある割烹義語屋のあたりに本陣知久家がありました。説明板が立っています。明治9年(1876年)、明治天皇が東北巡幸の際に宿泊されました。

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 荒宿交差点の先で道は右に大きくカーブします。

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 カーブの手前、左側、細い道を入ると聖福寺があり、立派な勅使門(唐門)が立っています。聖福寺徳川家光が日光社参の時に休憩所として使用したのをはじめ、例幣使や歴代将軍が休憩に使用していました。

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 カーブする右手に、幸手の一里塚跡の説明板が立っています。明治初期までは両側に塚があったそうです。日本橋から数えて12里目の一里塚です。

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 日光街道はその先の交差点で左折します。

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 幸手宿は抜けますが、一直線の住宅街の道を進みます。

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 一里塚跡から10分ほど歩くと、内国府間交差点で、国道4号と合流し、再び、国道を北上します。車の往来は結構あります。

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 途中、権現堂堤に寄るため、「北公民館→」の標識の立っている道を右に入ります。

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 田んぼの中の道を進むと正面、堤の上に桜並木が見えてきます。

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 突き当りで交通量の多い道を渡ると、権現堂公園の入口があります。ここから、堤の上に上がることができます。

 江戸時代、利根川の支流であった権現堂川の堤防として築かれたもので、大正時代に桜が植えられてから桜の名所となりました。第二次大戦中に伐採されてしまいましたが、その後、桜並木が復活して、あたり一帯が公園として整備されています。菜の花と桜の眺めが有名ですね。

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 桜並木を歩きます。桜の時期には見応えがありそうです。

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 権現堂堤の上を400mほど歩くと桜並木の北の端に着きます。その先、国道脇の小高い場所に、明治天皇権現堂堤御野立所址の碑が立っています。

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 国道4号に降りて、高須賀の信号で道の反対側に渡り、再び、国道を北上します。すぐに中川に架かる行幸橋があります。

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 橋の脇から、雪を頂いた男体山を望むことができます。

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日光街道(3)北春日部から栗橋 その3へ続きます。

 

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