今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

甲州街道(6)藤野から鳥沢 その3

 

2020年11月28日

 

大椚の一里塚

 

 坂道をひとしきり上ると、左手には大椚(おおくぬぎ)の一里塚の石碑と説明板が立っています。一里塚はこの場所にあったのではなく、手前、上り坂が右にカーブするあたりにあったそうです。日本橋から数えて18里目の一里塚です。

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 すぐのT字路の角にあるモミジがきれいだったので、写真を一枚。

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 その先で大椚地区に入ります。

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 大椚地区も静かな町並みです。

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 左手、秋葉山常夜燈の前に「大椚宿発祥の地」と記された木製の道標が立っています。かつて、ここ大椚は間の宿であったと言われています。

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 左手、階段を上がった右手には大椚観音堂があります。さらに、鳥居をくぐった高台の上には吾妻神社もあります。観音堂には大日如来坐像と千手観音坐像が安置されています。また、この地にあった大椚の木が地名の由来になったそうです。

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 観音堂の先で町並みを抜け、さらに、道なりに進むと、中央自動車道の脇に出ます。右ルートと左ルートの分岐の標識と談合坂サービスエリアまで1kmの標識が見えます。

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 中央自動車道の側道を歩くと左手には長峰砦跡があります。石碑と説明板が立っています。

 長峰砦は戦国時代に武田信玄の家臣であった加藤丹後守が東口の国境の守りとして築いたものです。堀などの遺構は中央自動車道の建設工事で消失してしまいました。石碑のあるこの平坦地は、見張り小屋などを置く郭跡の一部だったそうです。また、旧甲州街道の道筋も発掘されましたが、同じように中央自動車道の工事でなくなりました。

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 その先、甲州街道の標識に従って、右折して新栗原橋で中央自動車道を渡ります。

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 橋を渡ると道なりに左へカーブして、突き当りを右折します。

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 切り通しの坂道を下ると、野田尻宿も間近です。

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 のどかな里山の中を歩きます。空がとっても広いです。

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野田尻宿

 

 野田尻宿も静かな町並みです。

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 右手の本陣跡には明治天皇御小休所址の碑だけが立っています。

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 本陣跡の向かいには野田尻宿の石碑が立っています。野田尻宿は明治19年1886年)の大火で宿場の家々のほとんどを失ってしまいました。

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 郵便局にも野田尻宿の標識が。宿場町を盛り上げています。

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 野田尻宿も終わりに近づき、右手には犬嶋神社の鳥居が立っています。村芝居を行う神楽殿があります。

 疱瘡神社もそうでしたが、甲州街道を歩くと朱色の鳥居をよく見かけます。

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 街道は道なりに左へ曲がります。

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 さらに、中央自動車道に突き当たるところを道なりに右へ曲がります。

 街道脇には「お玉ヶ井」の石碑が立っています。お玉は野田尻の旅籠で働く美しい女中でした。彼女は恋が実ったお礼に水不足に悩む野田尻に水を湧き出させました。お玉は龍神だったという謂れが残っています。

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 すぐの西光寺の前で、道は二手に分かれます。左手の道は高速道路をくぐる県道30号で、甲州街道は右手の道に入ります。

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 道は上り坂に変わり、西光寺の裏手を回り込むように進んでいきます。

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 急な坂道を上り切ると再び中央自動車道の側道に出ますが、すぐの北久保橋に入り高速道路を越えます。

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 北久保橋は石畳風の道になっています。

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 北久保橋を渡り、道なりに右へ曲がると、その先は土道になります。林の中の雰囲気の良い道です。

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 残念ながらすぐに土道は終わってしまいます。先ほど西光寺の前で分かれた県道に出るので、右に入ります。

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 すぐの右へカーブする手前のコンクリート壁の上に荻野の一里塚の碑が立っています。日本橋から数えて19里目の一里塚です。

 カーブを曲がった先に一里塚の説明板が立っています。古老の話によると北側の塚の上には「ヒラマツ」と呼ばれる老松が立っていたそうです。

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 その先で、荻野地区に入ります。

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 左手には富士山が見えます。風が強いのか西側半分しか姿が見えません。

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 荻野地区を抜け、中央自動車道の防音壁の脇を歩くと、県道30号は右にカーブして高速道路を越えます。

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 矢坪橋を渡ります。

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