今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

北国街道(4)篠ノ井から善光寺 その1

 

2019年5月2日

 

篠ノ井

 

 令和2日目、天気が良かったので、しばらく歩けていなかった北国街道の続きを歩くことにします。秋のひとシーズンで追分から善光寺宿まで行く予定が、直後に長野地方で大地震があったりして、歩く機会を逃したまま4年半も間が空いてしまいました。

 車で長野駅へ向かい、東口近くの駐車場に止めて、電車で本日のスタート地点のある篠ノ井駅に向かいます。長野駅9:25発のしなの鉄道に乗り、9:35に篠ノ井駅に着きました。9:45から善光寺に向けて歩き始めます。

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 駅前通りを少し歩き、本日のスタート地点の変形十字路に着きます。

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 川出家の角を左折して、細い道に入ります。

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 すぐの十字路をさらに左折します。

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 ちょっとレトロな商店街です。

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 芝沢交差点、高田交差点を過ぎると川中島原地区に入ります。原村はかつての間の宿で、茶屋本陣がありました。

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 すぐの左手には蓮香寺があります。奥に鐘楼門が見えます。この寺は、長野オリンピックの時、ドイツ選手団のゲストハウスになりました。

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 その先、左手の旧家の前に明治天皇原御膳水の石碑が立っています。

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 右手昭和小学校の脇を通ります。時代は令和に変わり、昭和も遠くなってしまいました。

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 北原西交差点を横断します。左へ進むと今井駅に通じています。

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 旧川中島町地区には旧家が残っています。

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 北原西交差点から15分で、長野南バイパスの下をくぐります。荒屋交差点です。

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 橋場交差点の角のお宅には立派な木がそびえ立っています。

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 橋場交差点からさらに歩くこと7分で、街道脇には新田共同井戸があります。明治10年代に掘られた共同井戸だそうです。

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 ローソンの駐車場脇の白いハナミズキの花が満開です。初夏になりました。

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丹波島宿

 

 その先、丹波島交差点を過ぎると丹波島宿へ入ります。

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 丹波島宿の鎮守である於佐加(おさか)神社の前を右に曲がります。西の桝形になっています。

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 角のお宅の塀には鍾馗さんの飾り瓦の説明板が架けられています。宿場入り口の魔除けとして飾られています。なるほど二階の窓の脇に鍾馗さんがいますが、民家なので写真の隅に入るように撮ってみました。

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 ここから丹波島宿の直線の道が続きます。

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 各家々には屋号が記されています。

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 左手には高札場が復元されています。

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 高札場跡の隣は、脇本陣を兼ねていた問屋跡です。立派な冠木門が立っています。門の脇には「明治天皇丹波島御膳水」の碑もあります。

 この問屋は丹波島宿が開設された慶長16年(1611年)から明治が始まる260年間、柳島家が勤めていました。建物は江戸中期のものですが、冠木門は松代藩廃止後に払い受けたものです。

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 その数十m先の左手には本陣跡があります。こちらも柳島家が務めていました。表札には「丹波島宿 本陣」と記されています。門の脇には「明治天皇御小休所」の石碑が立っています。

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 本陣から5分ほど歩くと、長い直線道も終わり、東の枡形跡の十字路を左折します。

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 十字路を左折すると家並みが少なくなります。リンゴ畑には白い花が咲き始めています。

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 その先で、道は犀川の土手に向かって緩やかに右へカーブします。

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北国街道(4)篠ノ井から善光寺 その2へ続きます。