日光西街道(3)新鹿沼から文挟 その2
2018年11月24日
富岡の一里塚
左手、萩原鉄工所の先に富岡の一里塚跡があるということですが、それを示すものを見つけることはできませんでした。このあたりで写真を1枚。日本橋から数えて28里目の一里塚です。

こちらのイチョウの色づきはまあまあです。

こちらはサザンカでしょうか。

富岡交差点の先から、右側の歩道を歩き始めます。

右手遠方には、これまで、チラチラと見えていた古賀志山が大きく見えます。古賀志山の標高は582.8mで、ロッククライミングの練習もできるそうです。

杉並木は続きますが、まばらです。
こちらは、日光例幣使そば街道。

左手には鹿沼こんにゃくの店、右手には「いちご市 またきてね」の看板があり、そろそろ、鹿沼市を抜けて、日光市に入ります。

日光市に入ると鬱蒼とした杉並木に入ります。特別天然記念物と特別史跡に指定されています。

日光市の標識の右手には、並木寄進碑が立っています。松平正綱が、家康の没後、日光東照宮への参道にあたる3街道(日光街道、例幣使街道、会津西街道)に約20年あまりの歳月をかけてスギの木を植樹して、東照宮に寄進したことを示しています。並木寄進碑は3街道の日光神領に入る場所と日光神橋畔に建てられています。

ここからは杉並木の外側にある歩道らしきところを歩きます。その外側には田園風景が広がっています。

やはり、車道からの杉並木を眺めてみたいものです。並木の切れ目で車が通らなくなった時をねらって車道から写真を1枚。

杉並木の外側の道も車が通れるようになると、左手には玉田木材工業が見えてきます。

玉田木材工業の先には、小倉の一里塚があります。西塚は杉並木の側道の脇にありますが、側道のために一部削られてしまっています。何故か、無残にも標識が抜かれて脇に置かれています。

東塚も街道の向かいに見ることができます。日本橋から数えて29里目の一里塚です。

やがて、杉並木の側道も舗装道路に変わり、寄進碑から27分で、文挟駅入口の信号に到着します。しかし、ここは通り過ぎて少し先の文挟交差点を目指します。
その先は、車道の左側にわずかながらガードレールが設けられていて、杉並木の中を歩くことができます。

すぐに文挾交差点に着きます。本日の街道歩きはここまでとして、交差点を右折して文挟駅へ向かいます。

交差点の右角には、追分道標が立っています。「右 鹿沼 出流 岩舩、 左 大谷 田下 宇都宮 道」と記されています。右へ曲がると宇都宮方面に続いているようです。交差点のさらにすぐのところを右折して、遊歩道を通って駅方面に戻ります。

そして、11:35に文挟駅に到着しました。本日の行程はちょっと短い2時間35分でした。文挟駅11:57発の逆方向の電車に乗って、今市駅へ向かい、下今市駅を経由して帰宅しました。今市ではそば祭りが開催されていて、観光客が結構多かったです。
