今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

甲州街道(11)韮崎から台ケ原 その4

 

2022年4月23日

 

はらぢみち入口

 

 尾白川を渡ると、花水坂交差点の手前で左へ入る古道の入り口があります。入口には「甲州街道 古道入口 はらぢみち」の石碑が立っています。はらぢみちは古府中から穴山、日野を経て台ケ原へ通じていた古道です。脇の草道に入ります。

 

 なかなかいい感じの草道です。

 

 すぐの右手には馬頭観世音が3基立っています。道標を兼ねていて、「右こうふみち 左はらぢ通」と記されています。

 

 右手の小山の上に巨石の塔が立っています。上り口には「無銘の巨塔」と記されています。この巨石は明治の時代に祈念碑を建てるために切り出されたものですが、記銘されずにそのまま放置されていたのを、ここに設置して整備したものです。

 

 昔の街道筋といった光景です。木枯し紋次郎が颯爽と向こうから歩いてきそうなシチュエーションです。

 

 脇を流れていた尾白川が見えてきました。

 

 心地よい草道が終わり、砂利道に変わります。正面には尾白川に架かる橋が見えてきます。

 尾白川には白い大きな石が転がっていて、川底も白い砂を見ることができます。花崗岩によるものでしょうか。

 

 橋の近くの道端には「甲州街道台ケ原宿古道」の石碑が立っています。

 

 橋の袂から上り坂になります。坂の途中には庚申塔や馬頭観世音が集められています。説明板も立っています。

 

 坂道を上ると、国道20号に出ます。合流点の角には古道入口の石碑が立っています。

 石碑の横には道祖神跡の説明板も立っています。かつて、この場所には道祖神が祀られていて、宿場町への悪疫の侵入を防ぎ、また、旅人の安全を見守ってきました。

 

 

台ケ原宿

 

 台ケ原下交差点で国道20号を横断して、右手の道に入ります。分岐の角には「日本の道百選 甲州街道 台ケ原宿」の標識が立っています。いよいよ台ケ原宿の始まりです。

 

 下宿に入ります。

 

 左手には石仏石塔が並んでいます。庚申塔や石燈篭などが立っています。

 

 中宿に入ると左手には台ケ原宿碑が立っています。

 

 中宿の町並みです。宿場の趣が出てきました。

 

 右手には立場跡と共同井戸の説明板があります。

 

 比較的大きな通りを越えます。

 

 交差点を左へ少し歩くと、国道との交差点の手前に台ケ原宿の大きな説明板が立っています。

 

 上宿に入ります。すぐの右手にはかつて本陣がありました。本陣跡の説明板と標柱の脇には秋葉大権現常夜燈が立っています。

 

 上宿の町並みです。ここだけは観光客がちらほら歩いています。

 

 右手には台ケ原宿碑、日本の道100選の碑が立ち、その裏手には郷蔵跡、高札場跡の説明板があります。郷蔵は凶作や災害に備えて備蓄を行った倉庫のことです。慶応2年(1866年)の大凶作や嘉永7年(1854年)の大地震で役立ったそうです。

 

 その先は、七賢でおなじみの山梨銘醸です。寛延3年(1750年)にこの地で酒造りを始めました。現在の建物は幕末に建てられたものだそうです。風格があります。

 

 店舗の脇には、明治13年(1890年)の明治天皇巡幸の際に行在所として使われ、当時の門が残っています。母屋には明治天皇が宿泊された部屋が残されていて、見学もできるようです。

 

 はす向かいには信玄餅で有名な金精軒があります。金精軒は明治35年(1902年)からこの地で商売を始めています。建屋は当時の旅籠を改装したものです。

 5年くらい前に、賞味期限30分の水信玄餅が有名だと聞いて車でここを訪れました。その時は整理券をもらって1時間2時間待ちでした。待ち時間の間に宿場内を一通り観光していた記憶があります。今でもあのフィーバが続いているのでしょうか。今日は帰り際に寄って、いつもの生信玄餅を買います。

 

 さらに台ケ原宿を進みます。

 

 T字路を右に入ると左手には田中神社があります。田中神社は江戸時代、お茶壷行列が宿泊した神社として有名です。お茶壷道中は、家光の代、寛永10年(1633年)から毎年、京都の宇治茶を摘んで江戸に運びました。一行は中山道から甲州街道に入り勝山城(都留市)の茶壷蔵で熟成させた後、江戸城に入れられました。お茶壷行列の格式は高く、御三家の大名行列でも道を譲るしきたりになっていました。

 

 街道に戻ると、左手には一里塚碑が立っています。台ケ原の一里塚で、日本橋から数えて43里目の一里塚です。先ほど通過した七里塚とかなり近いような気がしますが。

 

 風情のある街道を進みます。道は緩やかに上ります。

 

 左手にはつるや旅館が立っています。東側の古い建屋は昔の旅籠の造りで「津留や諸国旅人御宿鶴屋」と記されています。講札が3枚掛けられています。現在西側の新館で旅館を営んでいます。

 

 その先国道20号と合流する手間で、道が3方へ別れる交差点で本日の街道歩きは終わりにします。次回は韮崎駅から近くの白須バス停までバスに乗り、火の見やぐらの先を右に入ります。時刻は13:40。本日は3時間50分の行程でした。

 

 火の見やぐらの下には秋葉山の石塔が祀られています。

 ここから、台ケ原宿上宿に戻り、台ケ原コーヒーで遅い昼食を取ったり、山梨銘醸や金精軒に寄って時間を潰し、台ケ原中バス停発14:53の韮崎行きのバスで帰路につきました。

 

 

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