今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

鎌倉街道上道(17)藤岡から西山名 その1

 

2024年3月31日

 

藤岡

 

 8:10くらいに群馬藤岡駅に着きました。天気は晴です。今日は暑くなります。予報では28℃になるようで、春を通り越してすでに初夏ですね。黄砂は飛ぶし、28℃だし、朝起きた時にちょっとだけここに向かうのをためらいましたが、やっぱり来てしまいました。しかし、湿度は低く、風も吹いているので気持ちの良い朝です。

 今日のスタート地点は神流川群馬県側の渡河岸になります。途中までコミュニティバスに乗って、そこからスタート地点を目指して歩きます。8:45発のめぐるん号に乗り込みます。

 

 5分強で国道254陸橋下バス停に着きました。循環バスはこの先、歩く道から外れてしまいます。8:55からスタート地点に向けて、南へ歩き始めます。

 

 住宅地を抜けると視界が開け、麦畑が広がります。しかし、いい天気ですね。正面に見える杜は土師(どし)神社です。

 

 右手の街道脇には本郷埴輪窯跡があります。明治39年1906年)に発見された登り窯で、人物、馬、家、太刀、矛、盾などの埴輪が発掘されています。窯跡はこの建屋の中に収められていて、ガラス窓から覗くことができます。

 

 その先で、北側の鳥居から土師神社に入ります。

 

 本殿の裏から拝殿に回ります。土師神社は野見宿弥(のみすくね)という相撲の神様を祭神としています。野見宿弥は、古代の埴輪造りを司っていた土師氏の祖とされています。かつてこの辺りは土師郷と呼ばれ、土師氏が住んでいたそうです。また、この近辺では先ほど見たような埴輪窯跡がいくつか見られます。

 

 拝殿の前には土師の辻と呼ばれる相撲の土俵があります。説明板によると、摂津国住吉神社能登国羽咋神社とともに日本三大辻の一つとして数えられています。明治以前はここで勧進相撲が奉納されていました。結構高さのある土俵です。

 

 真っ直ぐ続く参道の先には一の鳥居が立っています。振り返ってみました。

 

 神社の杜を抜けると、再び左手には広々とした平地が続きます。

 

 道脇にはいくつかの石塔が立っています。

 

 「かんな川水辺の楽校」の標識に従って左折します。

 

 周囲にはイチゴのビニールハウスが並び、イチゴの甘い香りが漂っています。

 

 北側の眺めです。遠くにうっすらと見える山並みは赤城山でしょう。今日は春霞のせいか、黄砂のせいかはっきり望めません。

 

 やがて、神流川の土手に突き当たるので、右手の土道を上ります。

 

 土手の上はサイクリングロードになっているのでしょうか、舗装道が続いています。上流方面を望みます。

 

 少しだけ土手道を上流側に歩くと、「かんな川水辺の楽校」の説明板があります。水辺の楽校は河川敷に整備された水辺の環境学習や自然体験のできる施設のようです。本流の脇に、水に入れるせせらぎ水路やワンド(よどみ、せき止められた池)が設けられています。

 

 河川敷に降りてみましょう。

 

 一面、紫のハナダイコンの花が咲いていますね。

 

 神流川武蔵国側にある対岸を望みます。どのあたりが渡河場所だったのかはわかりません。

 

「かんな川水辺の楽校」の説明板の前から土手を下り、今日の鎌倉街道歩きをスタートさせます。

 

 しばらく、西へ歩きT字路の角には小さな馬頭観音が2基と、

 

 少し、大きめの道祖神が立っています。

 

 次の十字路を右折して、さらに、その次のT字路を斜め左方向へ入ります。

 

 民家の集落を抜けると、右手の畑の中に祠が見えてきます。

 

 葵八幡です。木曽義仲の愛妾葵御前を祀ったものと言われています。祠の両脇には板碑が2基立っています。説明板によると、2基とも1300年初頭の同時代のもとみられています。

 

 鎌倉街道は止まれの標識の先、高台に向かって坂道を上ります。

 

 坂道を上ると、美九里東小学校の校庭の角に出ます。鎌倉街道は小学校の校庭を突っ切っていました。コブシの花が満開です。

 

 小学校の校庭に沿って左へ進み、その先の角を右へ曲がると小学校の西門前に出ます。校門は閉まっていますが、内側には鎌倉街道の説明板があります。

 

 西門の前を左折して鎌倉街道に戻ります。その先、住宅街を抜けると田園風景が広がります。

 

 車通りの多い通りを横断して、丘陵地帯に入っていきます。

 

 ソーラー発電所の手前の十字路は左折します。

 

 さらに道なりに弧を描いた先のT字路を右折して急坂を上ります。

 

 

鎌倉街道上道(17)藤岡から西山名 その2へ続きます。