今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

今に続く東海道・佐屋街道を歩くと

 

今へ続く東海道佐屋街道を歩くと

 

 2年10ヶ月かけて日本橋から草津中山道追分まで歩きました。草津から京三条大橋までは東海道中山道の相乗り区間であり、すでに中山道歩きで完歩しています。

 東海道は江戸時代以前から、鎌倉や江戸と京を結ぶ交通の幹道でした。沿道には大きな城下町や宿場町が存在し、また、多くの街道が合流して旅人の往来のみならず、様々な物資が行きかう道でもありました。

 江戸時代の後期になるとお伊勢様や秋葉様を始めとする庶民の参詣も増え、ますます賑わいをみせていました。特に、江戸期の終わりには、おかげ参りと呼ばれる伊勢参りのブームが60年周期で起こり、月に数百万人の人々が参宮したと言われています。また、やむを得ず行けなくなった主人の代わりに、犬が代参し、それを多くの人が往路復路で助けてあげたという話は驚くべきものでした。

 

 東海道を歩いて往時の雰囲気を味わえる場所として、多くの松並木が残っていたことでした。これは中山道に比べると圧倒的に多く、茅ヶ崎、大磯、袋井、舞坂、御油、藤川、知立など有名どころの並木道もそうでしたが、他にもいたるところで名残の松が迎えてくれます。もちろん、これらは地元の方々の維持保全の努力によることは言うまでもありません。

 

 さらに、石畳の道もありました。箱根の石畳は有名ですが、加えて、金谷坂・菊川坂の石畳を通りました。菊川坂の一部には江戸時代の石畳が残っていましたが、金谷坂を始めとする石畳は、「平成の道普請」として地元の人々が石をひとひとつ敷き詰めたもので、こちらも、往時を感じさせる素晴らしいものでした。

 

 峠も越えました。箱根峠、薩埵峠、宇津ノ谷、小夜の中山、鈴鹿峠と、こちらも、街道の難所として今に続く東海道を残しています。さらには、宇津ノ谷地区、有松地区、そして、関宿などは、比較的都市化した地域を通ることの多い東海道の街道筋の中でもよく昔の町並み風情が残っていました。木曽路とはまた違った雰囲気でしたが、毎度のことではありますが、いつまでも残しておいてもらいたいものです。

 

 東海道沿いには自領の防御のために、多くの城が置かれていました。訪れた城跡は日本百名城に指定されている小田原城山中城駿府城掛川城岡崎城をはじめ、沼津城、吉田城、浜松城桑名城亀山城、水口城など、これまでの街道歩きと比べて、多くを巡ることができました。その中でも、三島の山中城は小田原北条氏が小田原防備のために築いた山城で、幾何学模様の美しい障子堀が見事に残っていました。

 

 佐屋街道は、東海道の宮宿から桑名宿までの水路、七里の渡しのう回路として整備されました。七里の渡しでは宮宿から、一旦、外洋(伊勢湾)に出て、その後、揖斐川を遡って桑名宿に入るルートが取られ、4~6時間ほどかかりました。外洋を航行するので、天候の影響を受けることが多く、危険を避けるため、宮宿から佐屋宿までの陸路を6里ほど歩き、川舟で3里ほど渡って桑名まで向かうルートを選ぶ人も多かったようです。佐屋湊からは、佐屋川→木曽川揖斐川と川を下るのみでした。下り2時間、上り3時間の舟旅だったと言われています。

 佐屋街道は、元々は寛永11年(1634年)に家光が上洛する際に、尾張藩が整備した街道でした。しかし、このように東海道のう回路として盛んに利用されるようになり、当初は尾張藩の管理下にありましたが、後に道中奉行の支配下に変わり、五街道並みの位置づけになりました。

 

 しかし、佐屋湊のあった佐屋川には年々木曽川の土砂が流れ続け、川底をすくう工事も行われていましたが、江戸時代後期には、渡しは半里下流の川平湊へ移されてしまいました。その後、明治になって宿駅制度が廃止になり、新たな東海道が設置されました。そして、明治34年(1901年)に木曽三川の付け替え工事を機に、佐屋川は廃川となり、今はその跡も残らず住宅地に変わってしまいました。



 

歩いた行程

 

 

 ☆東海道

 

日付   行程
2021-12-18 日本橋⇒蒲田
2021-12-25 蒲田⇒東神奈川
2022- 4- 2 東神奈川⇒戸塚
2022- 4- 9 戸塚⇒茅ヶ崎
2022- 5- 3 茅ヶ崎⇒二宮
2022- 5- 6 二宮⇒入生田
2022-11-12 入生田⇒箱根
2022-11-19 箱根⇒三島
2022-12- 4 三島⇒東田子の浦
2022-12-25 東田子の浦⇒新蒲原
2023- 1-21 新蒲原⇒清水
2023- 3-19 清水⇒丸子
2023- 3-20 丸子⇒藤枝
2023- 4- 8 藤枝⇒金谷
2023- 4- 9 金谷⇒掛川
2023- 4-22 掛川⇒磐田
2023- 4-23 磐田⇒浜松
2023- 5-20 浜松⇒新居町
2023- 5-21 新居町⇒二川
2023-10- 6 二川⇒国府
2023-10- 7 国府⇒東岡崎
2023-10- 8 東岡崎⇒新安城
2023-10-21 新安城⇒ 鳴海
2023-10-22 鳴海⇒宮
2023-11-12 桑名⇒近鉄四日市
2024- 4-12 近鉄四日市⇒井田川
2024- 4-13 井田川⇒関
2024- 5-11 関⇒ 前野
2024- 5- 12 前野⇒水口城南
2024-10-13 水口石橋⇒石部
2024-10-14 石部⇒草津追分

 

 

 ☆佐屋街道

 

日付   行程
2023-10-22 佐① 熱田追分⇒烏森  
2023-11-11 佐② 烏森⇒佐屋

 

 

 ☆草津追分から京三条大橋までの行程はこちら

 

日付   行程
2019- 4-26 中㉛ 野洲⇒大津
2019- 4-27 中㉜ 大津⇒京三条大橋 

 

 

東海道五景

 

 箱根峠から道を間違って東海道から反れてしまいましたが、芦ノ湖が一望できました。

 

 金谷坂を上り切ると、そこには茶畑が広がる牧の原台地でした。

 

 関宿の甍の波が続いています。

 

 三重県から鬱蒼とした木々の合間を抜け、鈴鹿峠滋賀県に入ると、そこは開かれた場所に変わっていました。

 

 そして、富士山の三連発です。

 最初は、山中城からの眺めです。富士山から駿河湾まで一望できました。

 

 やはり、富士川からの眺めが一番ですね。

 

 そして、薩埵峠からです。今も昔も変わらない絶景です。

 

 

 参考にさせていただいたのは、

 ・八木牧夫著「ちゃんと歩ける東海道五十三次佐屋街道

 ・東海道を歩いた先人のブログ他、様々なウェブサイト

 

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