水戸街道(3)南柏~我孫子宿~取手宿~取手 その2
2025年1月26日
根戸
水戸街道は大堀川を越えてから、根戸の大坂を上り、台地の上を通ってきました。昔ながらの落ち着いた家並みが残る根戸地区を進むと、水戸街道は右へ大きくカーブします。ここも大曲でしょうか?

さらに歩くこと5分で、国道6号に出ます。

歩道橋を渡り、国道を横切ります。

国道6号を横切ると、その先は国道356号になります。しばらく歩くと、急にマンションが増え、我孫子駅に近いことを知らせてくれます。我孫子宿まではもう少しです。

これまで根戸地区から一直線に続いていた水戸街道は、ここで常磐線の線路に遮られてしまいます。しかし、正面の跨線歩道橋を渡ることにより、その先の街道へ向かうことができます。

跨線橋の上から見ると、斜め前方に水戸街道が続いているのが分かります。

常磐線の線路を越えた先でT字路に出ます。水戸街道は直進します。左方面から左折して直進方面へ進むのは、跨線橋まで歩いてきた国道356号です。水戸街道は再び国道に入ります。

我孫子宿
その先、我孫子駅入口交差点の角には八坂神社が鎮座しています。往時はこの辺りに我孫子宿の入口がありました。

八坂神社は応永3年(1396年)に京都八坂神社からこの地に勧請され、祭神は須佐之男命です。
ここで、交差点を左折して、駅前のドトールで休憩を取ることにしました。

20分ほど休憩した後、我孫子宿沿いの街道に戻ります。歩道も余裕を持たせた広々とした通りになっています。

我孫子宿は下総台地の高台に位置し、その南側には手賀沼が広がっています。大昔、手賀沼は外海と通じる内海でしたが、海面低下により現在のような湖沼と海岸低地が形成されました。そして、明治から昭和初期にかけて、手賀沼を見下ろす浸食涯には、柳宗悦、志賀直哉、武者小路実篤など白樺派の文人や柔道家の嘉納治五郎、西洋古代史学者の村川堅固などの著名人が別荘や邸宅を構えるようになりました。街道から離れてこれらの旧跡を巡ることができますが、じっくり回ると時間がかかりそうなので、今回はパスすることにします。
ちなみに、数年前、手賀沼を見下ろす柏市側の高台でキャンプをしたことがあるのですが、朝陽の昇る頃、湖面一面に霧が立ちこめてとても幻想的な光景を見ることができました。こんなところに別荘があるなんて、うらやましい限りです。

明治17年(1884年)に明治天皇がここ我孫子を訪れた際に、飲料に用いた井戸があります。

水戸街道はその先のT字路を左折します。角にあるのは割烹旅館角松本店で、江戸の時代には旅籠を営んでいました。

左折するとかつての我孫子宿の中心地に入っていきます。すぐの右手にある寿防犯ステーションのフェンス内には「従是子神道」と記された道標が立っています。脇の道を入った1kmほど先に子の神天満宮があります。

道標のすぐ脇には「水戸道中と我孫子宿の町並み」の説明板が立っています。明治13年(1991年)当時の地図や「土浦水戸道中絵図」が掲載されています。

その先には本陣がありました。今はマンションが建ち、往時の面影はありませんが、大正10年(1920年)に西洋古代史学者である村川堅固・固太郎親子が本陣の離れを買い取り、手賀沼を望む別荘の母屋として移築しました。現在、旧村川別荘として公開されています。

街道の道を隔てた前方には茅葺き屋根の民家が見えます。脇本陣を務めたお宅で、建屋は天保2年(1831年)築と言われています。現在も所有者の方が居住しています。

街道は大きく右へカーブします。

カーブから5分ほど歩くと、道が二股に分かれます。水戸街道と成田道の追分で、水戸街道は左へ入ります。かつては、この辺りまでが我孫子宿でした。

分岐の角の中州状のエリアには道標群が並んでいます。交通量の多い道路際に立っているので、じっくり眺めることは難しいです。ちなみに、少し離れたところに立つ白い石碑は我孫子町道路元標のようです。

一番古いのは、上部が三角で三猿が描かれている道標で、元禄4年(1691年)に建立されたものです。

成田山と記された道標も見えます。

また、分岐には「我孫子宿 水戸道・成田道追分」の説明板が立っています。
天和2年(1682年)に水戸街道が左の道へ付け替えられる以前は、この場所から直進して、東へ約10km行った布佐で利根川を渡り、布川から北上して若柴宿へ向かうルートが取られていました。その後、陸路や水路の整備が進み、最短ルートとして取手宿や藤代宿を通る道が整備され、この場所に追分が設けられました。そして、直進の道は成田道と呼ばれるようになりました。

JR成田線を越えます。踏切には「浜街道踏切」と記されています。明治以降は水戸街道とその先の磐城街道を総称して陸前浜街道と呼ぶようになりました。「浜街道」はここからきています。

坂道を下って行くと常磐線の車両基地が見えてきます。水戸街道は車両基地に遮られているので、道なりに線路脇を下り車両基地の反対側へ向かいます。

その先、泉交差点で左折して、車両基地の下をくぐります。

トンネルを抜けると、防音壁の内側にある側道を通ります。この先に見える跨道橋で県道を横断します。

途中で左折して、さらに右折して住宅街の中を通り、急坂を上っていくと、

橋の袂に出るので、右折して県道を渡ります。

長閑な通りになります。水道局と教育委員会の入口を過ぎたところで、途切れた水戸街道に繋がります。

特養老人ホームの先の交差点を左折します。直進すると常磐線天王台駅付近へ繋がっています。



*国土地理院の地図を加工しました。