今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

水戸街道(3)南柏~我孫子宿~取手宿~取手 その3

 

2025年1月26日

 

柴崎

 

我孫子宿を後にした水戸街道は成田道との追分から北東へ進み、途中、JRの車両基地に行く先を阻まれてしまいますが、我孫子市の水道局の先から、旧道に戻ります。すぐのところには、柴崎神社があります。

 

 柴崎神社は、日本武尊が武運長久の祈願をしたところと伝えられています。後の時代には平将門から篤い崇敬を受け、将門ゆかりの神社とされています。創建は、天慶元年(938年)と言われ、祭神は天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)です。明治13年(180年)に柴崎神社に改称されました。

 

 拝殿正面から階段を降りると、水戸街道に面した鳥居が立っています。

 

 柴崎神社から柴崎の町並みに入り、その先、柴崎交差点で国道6号と合流します。

 

 国道6号下総台地から利根川の氾濫低地へ下っていきます。

 

 低地に下ると筑波山がくっきり見えてきます。

 

 次の信号のある青山台入口交差点から右手の側道に入ります。

 

 国道の脇を進みます。

 

 その先で水戸街道は道なりに右へカーブします。

 

 すぐのところで左折すると、

 

 青山地区に入ります。街道は一直線に続き、彼方に利根川を渡る常磐線の鉄橋が望めます。ここ青山はかつての間の宿でした。

 

 青山の町並みを10分弱歩くと、利根川の土手に突き当たります。往時の水戸街道はここ青山の渡しで、対岸の取手宿へ渡りました。土手に上がってみます。

 

 土手に上がると、河川敷はゴルフの練習場になっていて、川の流れは見えません。対岸の渡川場も、左にある国道6号大利根橋と右の常磐線の鉄橋に挟まれた辺りにあったのでしょうか。

 

 さて、これから大利根橋の歩道へ入ろうと思いますが、見たところ階段等歩行者向けの通路はありません。

 

 仕方ないので、意を決して歩道のない車道のスロープを上り、

 

 大利根橋に入りました。

 

 河川敷は広々していますね。

 

 やっと川の上までたどり着きました。特に標識はありませんでしたが、茨城県に入ります。

 

 取手側の渡川場と思われる辺りを写真に1枚。

 

 およそ15分かけて橋を渡り切り、橋の下へ続く階段を下ります。

 

 土手と並行して走る県道11号を下流方面へ歩き、最初の信号のある交差点を右に入ると、土手上に出ます。取手側からの眺めです。

 

 県道に戻り、常磐線のガードをくぐります。左手すぐのところに取手駅があります。

 時刻はすでに13時を過ぎていたので、ガードをくぐった先の信号を左折して、取手駅東口近辺で昼食を取ることにしました。

 次回、取手駅からスタートする予定ですが、朝の時間が早いとこの先にある取手宿本陣を見学することができなくなる可能性があるので、今日、この後に訪問します。

 

 

取手宿

 

 1時間ほど休憩した後、水戸街道を東へ向かって歩き始めます。奈良漬けの新六本店や田中酒造の建つあたりから取手宿が始まります。新六の奈良漬けは帰りに買っていこうと思います。

 

 本陣通りです。

 

 すぐの左手には旧取手宿本陣染野家住宅があります。「本陣公開中」の標識がないと通り過ぎてしまいそうな場所です。

 

 本陣門をくぐります。

 

 染野家は貞享4年(1687年)に水戸徳川家から本陣に指定されたと伝えられ、幕末まで本陣職を務めました。この母屋は寛政7年(1795年)に建てられたものです。式台玄関の上を飾る茅葺きの破風が目を引きます。内部は身分の高い殿様や武士が泊まるエリアと染野家の居住するエリアとに分けられ、前者には上段の間が設けられ、格式が高く、かつ、警護のための工夫が施されていました。また、土間には天井が張られておらず、大きな母屋を支える立派な梁を見ることができます。

 

 庭の脇から階段を上って裏山へ行くと、徳川斉昭徳川慶喜の父)の歌碑が立っています。

 指して行 さほのとりての 渡し舟 おもふかたへは とくつきにけり

と、記されているようです。

 江戸定府であった水戸徳川家藩主の中で、斉昭は水戸での滞在も長く、染野家本陣とも関わりが深かったようです。

 

 今日の街道歩きはここまでとして、次回は取手宿本陣跡からスタートします。新六本店まで戻り、奈良漬を買って帰ります。瓜、茄子、胡瓜の詰め合わせを購入させてもらいましたが、塩味と甘さのバランスと旨みもあって米や酒に合う一品でした。茄子が良かったかなあ。

 もうひとつ寄り道のため、新六本店の角を曲がり、長禅寺へ向かいます。長禅寺は承平元年(931年)に平将門祈願寺として開いたと伝えられています。

 

 長禅寺は台地の上に建ち、まずは、急な階段を上って、山門をくぐります。

 

 正面には三世堂が立っています。もとは、文暦元年(1234年)に平将門の守本尊であった十一面観音菩薩像を安置するための観音堂を建立したのが始まりです。現在の建屋は享和元年(1801年)に再建されたもので、外観は2層ですが、内部は3層の造りで、1層には本尊の十一面観音菩薩像に加え、坂東三十三カ所、2層には秩父三十四ヵ所、3層には西国三十三ヵ所各所の本尊を写した観音像を安置しています。お参りをする人が順路に沿って進めば、交差することなく一巡できる「サザエ堂」様式になっています。

 

 境内のロウバイが満開です。

 

 再び、山門をくぐって階段を下り、取手駅へ戻りました。時刻は15:00ちょうどで、今日は6時間25分の行程でした。西口に回ってお茶をしてから、常磐線で岐路に着きました。

 

 

国土地理院の地図を加工しました。

 

 

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