今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

水戸街道(4)取手~取手宿~藤代宿~龍ケ崎市 その3

 

2025年2月24日

 

文巻橋

 

 水戸街道茨城県に入り、取手宿、藤代宿を通り、藤代宿(宮和田宿)の東端にある小貝川岸までやってきました。対岸は常陸国になります。往時の旅人は宮和田の渡しから小貝川を舟で渡っていましたが、現代の旅人は少し上流の県道208号が通る文巻橋で渡ります。

 かつて渡し場があったと思われる付近の土手上から、県道に向かって歩きます。文巻橋は左側にしか歩道がありませんが、橋の袂の信号で県道の反対側に渡ることができます。

 

 小貝川の上流の眺めです。大きく蛇行しています。

 

 文巻橋を渡ると常陸国龍ヶ崎市)に入ります。

 

 橋を渡ってすぐの路地を右へ入ります。

 

 横断歩道のないところを無理やり渡ろうとしましたが、車がひっきりなしに通っているのでなかなか渡れません。

 

 やっとの思いで県道を横断して、住宅街の中の通りに入ります。

 

 その先、道なりに進み、坂道を上ると、

 

 常磐線の踏切に出ます。

 

 踏切を渡り、道なりに左へ線路沿いを歩きます。右手には花壇がきれいに整備されています。

 

 牛久沼から流れる谷田川を渡ります。橋の名は、その名も往還橋です。

 

 谷田川の下流側には水門が見えます。その先で小貝川と合流しています。

 

 ハクチョウが2羽、悠々と浮かんでいます。牛久沼近辺に生息するハクチョウはコブハクチョウで、渡り鳥ではないため年中その姿を見ることができるそうです。

 

 ハクチョウは龍ヶ崎市の鳥に指定され、街道沿いのマンホールの蓋にも描かれています。

 

 往還橋を渡り、住宅街に入ると左手には飯島つる子の記念碑が建っています。飯島つる子は明治大正と和裁学校を開き、無償で裁縫を教えて女子の自立支援に力を注いできました。

 

 その先で県道5号に合流します。

 

 水戸街道はすぐの馴柴小学校入口交差点を左折します。

 

 交差点の角には赤い木製の屋根を被せた石碑が立っています。道標のようですがその文字はよくわかりません。風化を防ぐ心遣いはいいですね。

 

 若柴町に入り、関東鉄道竜ヶ崎線の踏切を渡ります。

 

 さらに、道なりに進むと馴柴小学校脇でT字路に突き当たります。

 

 T字路の角には大きな道標が立っています。正面には「水戸 十六里」右面は「江戸 十三里」、

 

 左面には「布川 三里」と刻まれています。

 

 水戸街道はT字路を左へ入りますが、T字路から右へ進む道は布川道と呼ばれていました。江戸時代初期の水戸街道我孫子宿から利根川に沿って布佐まで下り、利根川を渡って布川から若柴宿へ繋がっていました。布川からの道筋が後の布川道にあたり、新たに付け替えられた水戸街道と布川道がこの場所で合流します。

 この道標は文政9年(1826年)に建立されたもので、水戸街道を通る旅人が迷わないようにと、この土地の人達が設置したものでした。

 

 T字路を左折します。

 

 その先で、龍ヶ崎市駅東入口交差点に出ます。水戸街道はここを直進しますが、今日の街道歩きはここまでとして、左折して龍ヶ崎市駅へ向かいます。

 

 10分ほど歩くと駅前広場に着きますが、そこには龍ヶ崎市のマスコットキャラクターの「まいりゅう」がいました。

 

 そして、龍ヶ崎市駅に到着しました。時刻は13:10です。今日は3時間50分の行程でした。常磐線に乗って岐路につきました。

 

 

国土地理院の地図を加工しました。

 

 

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