奥州街道(1)伝馬町追分~宇都宮宿~白沢宿~白沢河原 その1
2025年3月22日
宇都宮宿
昨年の10月に東海道を完歩して、五街道も奥州街道を残すのみになりました。3月も下旬になってやっと暖かくなってきたので、今日から奥州街道を歩き始めます。
徳川家康・秀忠が整備を進めた五街道は幕府体制を維持するシステムの一つとして位置づけられ、道中奉行が管理する幕府直轄の街道でした。奥州街道は日本橋を起点に、日光街道との相乗り区間を通り、宇都宮宿で分かれます。その先は仙台、三厩を通り松前まで続いていました。しかし、道中奉行管轄の区間は磐城国の白河宿までとされていました。したがって、今回は宇都宮宿の日光街道との追分から白河宿まで歩くことにして、これにより五街道は制覇とします。
9:00に友人のMさんと宇都宮駅で待ち合わせをして、バスに乗って日光街道との追分まで向かいます。天気は快晴ですが、若干春霞がかかっています。今日の宇都宮地方の気温は23℃の予報なので、結構暑くなりそうです。

駅西口のバスターミナルから5分ほど乗って、追分に近い伝馬町バス停で降りました。9:20に歩き始めます。

下の写真は追分を西側から見ています。日光街道は大通りの手前から、赤いビルの角を左折します。奥州街道は、大通りを東へ直進する方向になります。

交差点の角には追分を示す標柱が立っています。日光街道歩きでこの場所に立ったのは2014年3月だったので、はや11年も経ってしまいました。 (日光街道歩きの記録は、→こちら)

標柱には宇陽略記(文久4年(1864年))の追分の様子を描いた絵が掲載されています。
ここ伝馬町は宇都宮宿の中心で、人馬を乗り継ぐ問屋場が置かれ大変賑わった場所でした。道路を隔てた向かいには本陣もありました。

追分から東へ向かって歩き始めます。奥州街道はすぐの野村證券のビルの角を右折します。

大通りから右へ入ると、この通りは鉄砲町通りと呼ばれ、かつては鉄砲鍛冶が多く住んでいました。奥州街道はそのままオリオン通り商店街に入ります。

突き当りを左折するとアーケード街が続きます。屋根付き商店街を街道が通るのは東海道・四日市宿にありました。

やがて屋根付きのオリオン商店街を抜け、しばらく歩くとT字路に突き当たるので左折します。

すぐのファミマの角を右折します。

さらに、角にエネオスがある交差点を左折します。

途中、宇都宮駅からの大通りを横断した先で、田川に架かる幸橋に出ます。

田川の上流方面です。田川の水源は日光市にあり、日光街道を歩いたときに徳次郎宿石那田あたりで、その流れを眺めています。二宮尊徳が手掛けた石那田堰跡に立ち寄りました。

橋の欄干には往時の幸橋の様子がレリーフとして描かれています。説明書きによると、幸橋は、かつては上河原橋と呼ばれ、江戸時代初期(1661年)に架けられました。そして、明治14年(1881年)に明治天皇が上河原橋を渡ったのを機に、幸橋に改称されたと記されています。

橋を渡ると道なりに右へカーブして県道125号との交差点に出ます。ここを左折して白沢方面を目指します。道路標識には「奥州街道」の文字が。

交差点の角には旧篠原家住宅の重厚な店蔵が建っています。篠原家は江戸時代から第二次大戦まで、醤油醸造業や肥料商を営んでいた豪商でした。この店蔵は明治28年(1895年)に建てられたもので、1階の外壁には大谷石の板が貼り付けられています。国の重要文化財に指定されています。

すぐのところに八坂神社があります。康平6年(1063年)、宇都宮城主であった藤原宗円が宇都宮城の鬼門除けの鎮護として神明宮を建立しました。明治に入り八坂神社と合祀され、八坂神社と改称されました。

その先、街道は東北新幹線の高架の手前で二股に分かれます。奥州街道は直進の県道125号方面ですが、斜め右に分かれる道の道路標識には「奥州街道」と記されています。後ほど地図で調べると、なるほど、この分岐の奥州街道の先で国道4号に繋がっていました。

直進の奥州街道は新幹線の下をくぐります。こちらの道路標識には「白沢街道」と記されています。

東北新幹線の高架をくぐって30分以上歩いていますが、相変わらず交通量の多い片側2車線の県道歩きが続いています。何か街道の痕跡はないか探しながら歩いていると、痕跡とまで言えるか分かりませんが、桜の木が数本歩道脇に並んでいます。

道の先に宇都宮環状線(国道119号)の高架が見えてきました。ちょうど国道と奥州街道との交差点角にマックがあったので、休憩を取ります。

30分ほど休憩してから再び歩き始めます。
国道119号を過ぎて、県道の車線はやっと片側1車線に変わりました。この辺りの歩道は車道より若干高くなっています。これは日光街道で見られたパターンと同じものでしょうか。

そして、再び桜並木が。

さらに、真っ直ぐ続く県道を歩きます。

海道町交差点に着きました。「海道」とは奥州海道からの名残ですね。
