奥州街道(1)伝馬町追分~宇都宮宿~白沢宿~白沢河原 その2
2025年3月22日
海道町
奥州街道は日光街道との追分から宇都宮の街の中心部を通り、今泉町から県道125号に入ります。県道125号は主要な幹線道路になっていて、車の行き来が結構激しい道です。 宇都宮の中心から直線の続く県道の歩道を歩き、途中休憩も入れましたが、2時間弱で海道町交差点を通過しました。この県道は奥州街道をトレースしていますが、道路標識には「白沢街道」と表示されています。宇都宮から白沢へ向かう道ということですかね。

田んぼの向こうには、霞んで見えにくくなっていますが、男体山をはじめとする雪を頂いた日光連山を望むことができます。

こちらは何の木でしょうか、並木の雰囲気を出しています。

いいですね。だいぶ街道らしくなってきました。

白沢町に入り、坂道を上ります。

坂道を上ると台地の上に出ます。そこにあるバス停は「稚ヶ坂坂上」です。先ほどの上り坂は「稚ヶ坂(稚児ヶ坂)」と呼ばれているようです。

街道脇には「ここから 白澤宿内」と記された木標が立っています。白沢宿はもうすぐです。

稚ヶ坂坂上から台地の上を歩くこと10分で道は二股に分かれます。ここで長かった県道125号は左へ逸れます。奥州街道は相変わらず直進方向です。

街道脇には勝善神(しょうぜんしん・そうぜんしん)の石碑が立っています。勝善神とは馬の神様で、馬頭観世音の神道系のものです。馬の安全や健康、あるいは、亡くなった馬の供養を祈る信仰で、関東や東北地方で広まっていました。日光街道沿いでも、伝馬町の追分の少し先で見かけました。

街道右手の少し高台の上には白沢地蔵堂が建っています。この地蔵堂には次の謂れが残されています。
建久2年(1191年)、源頼朝の命を受けた伊沢家景は奥州総奉行の任務につくために奥州へ向かっていた際、白沢稚児ヶ坂(先ほど上った坂)で幼い我が子を亡くしました。家景はこの場所に我が子を葬り、供養塔を建てました。後に、家景の子を憐れんだ村人達が弔いのために地蔵堂を建立したそうです。


坂の途中には「やげん坂」の説明板が立っています。かつてこの辺りの坂は「薬研(漢方薬などをすりつぶす舟形の器具)」に似ていたことから、そう呼ばれるようになりました。おそらく、奥州街道の両脇が切通しのように、V字に切り立っていたのでしょう。
説明板の脇には馬頭観世音がひっそりと祀られています。

白沢宿
さらに坂道を下ると、右手に白沢宿碑と江戸時代の公衆便所跡があります。公衆便所のほうはあまり覗き込まなかったのですが、もう1本、「とちぎのふるさと田園風景百選 認定地」と記された標柱も立っています。白沢町では東部の鬼怒川沿いに広がる水田地帯と白沢宿の町並みが認定されているようです。
また、白沢宿の街歩きマップによると、この付近に白沢宿の江戸側の入口がありました。後ろに立つ大榎が旅人の目印になっていたそうです。
白沢宿の成り立ちは、以下のように云われています。慶長5年(1600年)、徳川家康の上杉攻めの際、先鋒の結城秀康隊はここ白沢まで布陣してきました。この時、徳川軍は、当地の因幡守(後の本陣職宇加地家)や源六郎(後の脇本陣福田家)らの案内によって無事鬼怒川を渡川することができました。そして、奥州街道制定時に因幡守や源六郎の願い出によって白沢に宿駅が設置されました。

その先、白沢宿交差点のT字路に突き当たります。ここを左へ入ると白沢宿の中心部です。

白沢宿は、昔の面影はあまりありませんが、街道の両脇に水路が引かれ、落ち着いた雰囲気の町並みになっています。かつては、どこの宿場町でも、街道の真ん中に水路があったと言われています。北国街道の海野宿(こちらはセンターからずれていますが)や中山道須原宿の桝形付近に残っています。しかし、現代ではあまり機能的ではなく、道端に追いやられていますが、街道脇を流れる水路を見ると、どことなく懐かしさも感じられます。

家々には屋号が掲げられています。

白沢宿の町並みを見ながら、奥州街道はすぐに信号のある交差点に突き当たります。ここは道なりに右折します。桝形跡でしょうか。信号正面には、銘酒「澤姫」の醸造元の井上清吉商店があります。今日は残念ながらスルーです。

桝形を抜けるとすぐに、九郷半川を渡ります。郵便局の前にも白澤宿の標柱が立っています。ここが白沢宿の白河側の入口でした。

郵便局の角で左へカーブする県道と別れ、奥州街道は鬼怒川へ向けて直進します。右手民家の合間には、田園風景百選に選ばれた?田んぼが広がっています。

さらに田園風景の中を進みます。

その先で西鬼怒川を渡ります。西鬼怒川は上流で鬼怒川から取水され、下流で再び鬼怒川と合流する用水路です。

橋の欄干の工事中ですが、脇から覗くと水の流れは結構早いです。

住宅地を抜けるとバスの停留所が見えてきます。

関東自動車の白沢河原バス停で、宇都宮駅からの路線の終点になっています。

バス停の脇には白沢の一里塚の碑が立っています。説明板によると、白沢の一里塚は元々この場所にはなく、この先の鬼怒川の河原にありましたが、度々の洪水で壊れてしまったそうです。日本橋から数えて30里目の一里塚です。
今日の街道歩きはここまでとします。時刻は12:50で、今日は3時間30分の行程でした。停留中の12:52発のバスに乗って宇都宮駅へ戻り、そして、帰りがけに餃子で締めて岐路に着きました。
