今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

奥州海道(2)白沢河原~氏家宿~喜連川宿~喜連川本町 その1

 

2025年4月5日

白沢

 

 2週間ぶりに宇都宮駅前に立ちました。天気は晴れで、気温は前回に比べると少し肌寒く、最高気温も20℃まで届かないようです。今日のスタート地点に向かうため、駅西口8:52発のバスに乗りこみます。

 バスは前回歩いた奥州街道に沿って走り、およそ30分で終点の白沢河原バス停に到着しました。9:25に氏家宿に向けて歩き始めます。

 

 民家の点在する住宅地区を通り、「止まれ」の標識の立つ十字路に出ます。その角には、背を向けた(宇都宮に向けて歩く旅人のための)「ここから白沢宿内」の木標が立っています。

 

 さらに田んぼの広がる街道を進みます。

 

 バス停から5分ほど歩くと、街道の正面に鬼怒川の土手が見えてきます。

 

 土手上に立ち、北へ向かいます。

 

 今日も日光連山には春霞がかかっています。

 

 しばらく歩き、右手、河川敷へ下る道に入ります。

 

 林の中の街道歩きです。鶯をはじめとする鳥の鳴き声が盛んに聞こえます。

 

 林を抜けた先で、左へカーブして再び、林の中に入ります。

 

 左へカーブする手前、河川敷が開けて望めるところに、「鬼怒川の渡し跡」の木標が立っています。鬼怒川の渡しでは春から秋にかけての水量の多い時期は舟で、冬季の渇水時には仮橋を架けて渡っていました。この場所からは川面を見ることはできません。

 

 カーブの先ですぐに土手上に戻ります。

 

 左手に広がる田んぼの中で一面だけ、水が張られています。早々に田植えでしょうか。

 

 右手、河川敷側では青々とした麦畑になっています。

 

 やがて、前回、白沢宿の手前で分かれた県道125号に出ます。

 

 現代の旅人は右折して県道に入り、阿久津大橋で鬼怒川を渡ります。

 

 県道の交通量は多い割には、この阿久津大橋には歩道がありません。路肩もあり、車道の幅も若干広いので、車とギリギリですれ違うことはありませんが、歩行には注意が必要です。おそらく歩いて渡る人は滅多にいないのでしょう。

 

 橋の真ん中で、宇都宮市からさくら市に入ります。さくら市平成の大合併氏家町喜連川町が合併して誕生しました。さくら市では、桜の名所も多く、「桜」で盛り上げようとしています。今日の時点では、南関東では桜の見頃に入っていますが、さくら市の桜の満開はもう少し先のようです。

 

 鬼怒川の下流方面の流れです。水の流れは結構早く、水量もあります。鬼怒川は日光市鬼怒沼を水源として、東遷後の利根川に合流しています。

 

 7分ほどで阿久津大橋を渡り切ります。

 

 橋の袂から先ほど通った対岸を望みます。

 

 奥州街道は上阿久津交差点のT字路に突き当たり、左折します。

 鬼怒川に面したここ阿久津は、かつて、荷駄の集散地である河岸として栄えました。阿久津河岸は鬼怒川を用いた舟運の最上流に位置します。奥州からの米などの農産物がここで船積みされ、江戸へ運ばれていました。そのルートは、鬼怒川を下って下流の久保田河岸(茨城県結城市)で陸揚げされ、陸路経由で境河岸(茨城県境町)から江戸川を下って江戸に入るか、鬼怒川から利根川に入り、遡上して、江戸川に入っていました。阿久津河岸の繁栄は、鉄道網が整備される明治半ばまで続きました。

 

 河岸段丘の急坂が待ち受けています。

 

 歩道橋の脇を右へ入ると高尾神社の鳥居が立っています。

 

 鳥居脇にはスイセンが。

 

 高尾神社では水の神である高龗(たかおかみ)が祀られており、鬼怒川と関係深い阿久津の人々の信仰を受けています。

 狛犬がなんとも可愛いですね。

 

 高尾神社から急坂を上ると、新しい家が並ぶ住宅街に入り、勝山交差点を過ぎた先で、将軍地蔵の標識が立っています。

 

 右手の奥には将軍地蔵を祀った地蔵堂が建っています。かつて、源義家が奥州へ向かう際、鬼怒川の釜ヶ淵に悪蛇が現れ行く手を阻まれました。この時、宇都宮氏の初代当主であった藤原宗円が祈ると将軍地蔵が現れ、悪蛇を退治したという謂れがあります。これにより、勝山城の守護のために地蔵堂が建てられました。

 また、「そうめん地蔵」という伝説も残っています。室町時代のころ、地蔵堂のお坊さんが日光へお参りに行った際に、意地悪な山伏に無理やり山ほどのそうめんを食べさせられて気絶してしまいます。そこに現れた別のお坊さんが日光中のそうめんを食い尽くしてしまい、山伏は慌てて退散してしまいました。このお坊さんは将軍地蔵の姿に変わり、気絶したお坊さんを地蔵堂まで連れて帰りました。ここから、現在、日光輪王寺に伝わる強飯式(ごうはんしき)が始まったとも言われています。

 

 その先のT字路で奥州街道は右へ入ります。

 

 その前に、左手にある勝山城址へ寄り道します。

 

 街道から左へ入ると、道はさくら市ミュージアム勝山公園に分かれるので左手、ミュージアム方面へ向かいます。

 入口から桜並木が続きますが、桜は三分咲きくらいです。

 

 ミュージアムを回り込み、裏手には勝山城本丸大手口に繋がる大手口橋が見えてきます。

 

 空堀に架かる橋を渡ります。

 

 

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