2014年11月11日
矢代の渡し
土手道を通る車をよけつつ、長野道の下をくぐり、今度は長野新幹線の鉄橋の下をくぐります。
かつて、新幹線の鉄橋あたりに矢代の渡し場がありました。ここで向こう岸へは渡れないので、遠回りして、この先の国道18号の篠ノ井橋で千曲川を渡ります。
土手の上をしばらく歩き、しなの鉄道の踏切を渡ります。
さらに、3分ほど歩くと、ようやく篠ノ井橋にたどりつきます。橋の袂に小公園があったので、しばし、河川敷をボーっと眺めつつ休憩します。
5分ほど歩いて篠ノ井橋を渡り切ると長野市に入ります。橋の袂を左折して渡し場の対岸付近へ向かいます。
こちら側の土手道は車の通りがほとんどなく、とても歩きやすいです。
再び、しなの鉄道の踏切を越え、長野新幹線の高架橋をくぐります。
篠ノ井橋から左折して8分で、善光寺側の渡し場付近に立ちます。千曲川の川面やすすきの穂が陽の光に輝いています。
土手の反対側を眺めると、これから歩く北国街道が一直線に続きます。したがって、この場所が渡し場付近なのでしょう。
その先すぐのところに、土手を下る道があるので、右へUターンして下ります。
土手を下りて街道へ入る角に軻良根古(からねこ)神社があります。左折した角に、矢代の渡しの説明板が立っています。
先に通った鼠宿で、大鼠を追いやった唐猫はこの神社と関係があるのやら?
土手の上から眺めた街道を歩きます。とてものどかな道です。軻良根古神社から5分ほど歩いた左手に、郡役所跡の石碑と「明治時代の更級郡制の中心地」と記された説明板が立っています。郡役所を中心に半径50mの範囲内に諸役所や学校が設置されていたと書かれています。
神社から7分でT字路に突き当たります。北国街道と北国西街道の追分ですが、ごく普通の交差点です。
T字路の左手方面は北国西街道で、松本を経由して中山道洗馬宿まで通じています。右手が北国街道です。T字路の角には篠ノ井追分宿跡碑が立っています。このあたりは、間の宿として栄えました。
追分を右折します。普通の住宅街です。
すぐに、しなの鉄道の踏切と、長野新幹線の高架の下を通過します。
追分から10分でT字路に突き当たります。見六橋交差点です。
道路を渡った右手に見六の道標が立っています。説明板によると、嘉永2年(1849年)に造られたもので、「せんく王(わ)うし(善光寺)道」と記されています。上部には人差し指で善光寺の方向を示しています。現在の見六橋の架け替え工事の際、川の中から発見されたそうです。
交差点を左折すると見六橋で岡田川を渡ります。橋を渡った袂の交差点も見六橋交差点ですが、ここを左斜めに入ります。
しばらく篠ノ井御幣川(おんべがわ)地区の町並を歩きます。
道標から10分で御幣川五差路交差点に着きます。交差点を横断して、お堂の右側の通りの、さらに一本右(商店の右)の道を進みます。
その先も、静かな街道です。所々旧家も見られます。
五差路から10分で駅前通りとの交差点に着きます。北国街道はこのまま直進しますが、本日の街道歩きはここまでとして、交差点を左折して篠ノ井駅へ向かいます。
駅前通りを300mほど歩いて、14:05に篠ノ井駅に到着しました。本日は4時間50分の行程でした。
しなの鉄道で上田駅まで戻ります。今日も同じホテルに宿泊しますが、その前に別所温泉に行ってお湯に浸かってきます。