今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

日光街道(4)栗橋から間々田 その2

 

2014年1月2日

 

原町の一里塚

 

 幅広い歩道の続く県道をひたすら歩き、宇都宮線の踏切を渡ってから25分で、国道354号との交差点に着きます。

 交差点を横断して、さらに5分、右手に針葉樹の木々が植えられている古河第二高校が見えてきます。高校のフェンスの内側には原町の一里塚があります。日本橋から数えて16里目の一里塚です。

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 古河第二高校の隣にある個人のお宅の門の脇に道標が立っています。「左にっこう、右みちのく」と記されています。

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古河宿

 

 国道354号を横切ってからおよそ15分、台町の三叉路に着きます。日光街道はここを右折しますが、この地に古河宿の江戸側の入口がありました。交差点の右側に、日光街道古河宿と記された常夜灯のモニュメントが立っています。

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 その先の古河宿の町並みは、電柱もないきれいな通りが続きます。

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 三叉路の次の信号の左手に、古河城御茶屋口門址の石碑と説明板が立っています。石碑は江戸側から歩いてくると、背を向けた状態で立っています。

 かつて、日光社参の際に将軍の休憩場所である御茶屋があったことに由来します。また古河城は将軍の宿泊場所でもあったため、お城へ向かう御成道の入口でもありました。

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 御茶屋口を左折して、御成道を通って諏訪曲輪堀の方へ寄り道をします。

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 突き当りを右折して、その先の角を左折します。路面は石畳で整備されています。200~300m歩いた正面突き当りが諏訪曲輪跡です。

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 諏訪曲輪の堀は水場の遊歩道になっていました。現代の諏訪曲輪には古河歴史博物館が建っています。

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 諏訪曲輪の突き当りを左折して、掘割に沿って先を右折すると左手に鷹見泉石記念館の長屋門が立っています。鷹見泉石記念館はかつての古河藩が家臣のために用意した武家屋敷で、家老職を務めた鷹見泉石が晩年を送った家です。明治以降は鷹見家が所有していましたが、改修が加えられ、平成2年(1990年)に鷹見泉石記念館が開館しました。今日は年末年始のため休館となっていました。

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 鷹見泉石記念館から来た道を戻ります。途中のT字路の角に白壁の蔵や手前には冠木門のあるぬた屋甘露煮店があります。明治創業の鮒の甘露煮の専門店です。この角を左折すると店舗の正面に出ます。

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 ぬた屋の角を左へ曲がり、少し先の左手に福法寺があります。この寺の門は、古河城二の丸御殿の前にあった乾門で、明治6年1873年)に古河城取り壊しの際に移築されたものです。

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 次の交差点を右折します。右手角には坂長の蔵がいくつか並んでいます。

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 交差点を右折しても坂長の蔵並みが続きます。坂長は江戸時代には両替商や酒問屋を営んでいた商家で、古河城から譲り受けた蔵は国の登録文化財に指定されています。

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 坂長の角を右折して、日光街道に出るまでの通りは肴町と呼ばれていました。左手、米銀の前に肴町の説明板が立っています。江戸時代、古河城下を通る大名家に対し接待をする御馳走番所がこの地にありました。下の写真は、肴町を振り返って見ました。

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 肴町から左折して、再び日光街道を進みます。

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 さらに、本町二丁目交差点を左折して寄り道をします。左折方面は車がかなり渋滞していて、日光街道まで列が続いています。

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 本町二丁目交差点を左折して、数分で左手に篆刻(てんこく)美術館が建っています。3階建ての大谷石を使った蔵が立派です。国の登録文化財に指定されています。

 篆刻とは700年前に起こった中国の書道芸術で、篆書と呼ばれる古文字を石に刻んで紙に写したものです。

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 篆刻美術館の前の道は、この先に初詣の寺社があるのか、車は大渋滞して全く動いていません。ここで、Uターンして、再び本町二丁目交差点に戻ります。

 交差点を左折して日光街道に入ります。すぐの左手、複合商業施設の前に本陣跡の石碑が立っています。このあたりが古河宿の中心地で、ここには本陣と問屋がありました。

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 本陣の街道を隔てたはす向かいに、高札場跡碑と説明板が立っています。このあたりに脇本陣もあったようです。

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 再び、日光街道を北に向かって歩き始め、次の信号の交差点で、左に曲がります。交差点手前の車止めに「左日光道」と記されています。

 この辻は曲の手(かぎのて)と呼ばれ、筑波道との追分になっています。右に入るのが筑波道です。この付近に日光街道の道標があったようですが、見逃してしまいました。

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 追分を左折して曲の手通りを歩くと、日光街道はすぐにスーパートミヤの前で右折します。

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 トミヤの交差点で寄り道のため直進します。すぐの右手には白壁の塀が続くお宅があります。

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