鎌倉街道上道(14)能増から小前田 その2
2024年3月3日
今市
能増から続いていた鎌倉街道は市野川沿いの低地を通り、兒泉神社付近から高台に上がっいきます。畑の中の街道です。この先は北へ方向を変えて、赤浜で荒川を渡ることになります。

しばらく歩き、鉄塔の立つ十字路で右折します。

その先で、県道296号に出ます。児玉往還今市宿の西にあたる場所で、正面には薬師堂が建っています。

鎌倉街道は食い違いの変形十字路を直進します。交差点を渡った右手、薬師堂の脇には石塔群があります。

ひと際背の高い石塔は百万遍供養塔です。

さらに北へ進みます。少しずつ下っていきます。

かつて鎌倉街道の宿駅があった旧塚田地区に入ります。

右手の民家の前には三基の石塔が立っています。

石塔の前から左へ曲がり、塚田宿の町並みを西へ向かいます。
ちなみに、西へ折れずに直進すると畠山重忠のゆかりの地である畠山へ通じています。

右手には三嶋神社があります。鳥居脇にある説明板によると、応永2年(1395年)に奉納された鰐口には塚田宿と刻まれていることから、すでにこの地が宿駅であったと言われています。鰐口とは寺院や神社の軒先に吊るされて音を出す金属製の道具のことです。

また、本殿奥には3本のヤブツバキの大木があり、真ん中の1本だけが寄居町の天然記念物に指定されています。樹高は13.8mもあります。ちょうど赤い花をつけています。

塚田宿の町並みを抜けて、さらに畑の中を歩いて行きます。正面には大きな白い倉庫が見えてきます。

さらに、左手には普光寺が見えてきます。

ここにもホトケノザのじゅうたんが。

突き当りを左折して、

普光寺へ向かいます。

普光寺の東側の石垣の脇に、「史跡「鎌倉街道」上道」の標柱が立っています。ここから倉庫までの道が旧道遺跡とされています。

石塔が並んでいます。

この石垣の石のミルフィーユは緑泥片岩ですね。

門前にはサンシュユの黄色い花が。

山門の脇には鎌倉街道の説明書きがあります。地図を見ると普光寺の東側の街道遺跡に加えて、北側にも掘割り跡が見られるようです。

山門です。

境内の左手にはたくさんの五輪塔や板碑が安置されています。これら板碑は境内から出土したもので、最古は文永2年(1265年)の銘があり、街道を行き来して病没した旅人を供養したものと記されています。

普光寺東側の旧道遺跡を通って先へ進みます。
