今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

北国街道(2)田中から坂城 その3

 

2014年11月10日

 

上田宿柳町

 

 時刻は11:30近くになっていたので、柳町の蕎麦処「おお西」で昼食を取ることにしました。おすすめの発芽そばを注文しました。発芽そばとは、そばの実を発芽させてから手打ちにしたもので、甘みの増加、もちのような触感、ぬめりを持っています。店主が開発した十割そばとのことです。とても美味しいそばでした。

 北国街道は、おお西の角の十字路を左へ入ります。反対側の角には武田味噌の菱屋があります。左折するとすぐに蛭沢川を渡ります。菱屋の川の袂には、なまこ壁の大きな蔵が建っています。上田地方では、なまこ壁は珍しいそうです。

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 橋から南側へ目をやると、川沿いに蔵が立ち並び、違った雰囲気を見せてくれます。

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 蛭沢川から西へ一直線に伸びた街道を歩き始めます。このあたりはかつて紺屋町と呼ばれ、真田氏が海野郷から染物屋を集めて移転させた町だそうです。

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 江戸後期の建物、泉屋が残っています。また、紺屋町のはずれ、上田城へ通じるところに木戸がありました。

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 泉屋を後にして一直線に伸びた北国街道を歩きます、ところどころ蔵のある旧家、うだつのある旧家が点在しています。

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 蛭沢川を渡ってから17分でT字路の左角に北向観世音道道標が立っています。別所温泉にある北向観音へ続く道の分岐点であることを示しています。

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 道標からすぐ先、長かった直線道は黒塀のお宅に突き当たります。赤松小三郎記念館という看板が掛けられています。赤松小三郎は幕末の上田藩士出身の洋学者で二院制議会政治を提唱しました。

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 突き当りを右折すると矢出沢川に出ます。高橋を渡るとすぐに左折します。

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 街道は桝形を形成し、上田城下の入口になっていました。矢出沢川が天然の外堀になっていたようです。高橋を渡って左折して、川沿いを歩くとすぐにT字路に突き当たります。ここを右折します。

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 T字路の突き当りに元禄5年(1692年)建立の善光寺道道標が立っています。表面が風化して読みづらくなっていますが「右 せん加うじ道」と書かれているようです。

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 右折して、静かな住宅街を歩きます。

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 善光寺道道標から2分のところ、生塚(うぶつか)交差点で国道18号に出ます。交差点を左折して国道を歩きます。広い歩道があるので歩きやすいです。

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 生塚交差点から3分で、ペットサロンぴゅあの前を右に入ります。すぐの右手には、正福寺があります。

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 秋和地区に入ります。旧家が所々見られる静かな通りとなります。

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 国道から分かれて7分のところ、左手に秋和公会堂が建っています。建物の前に北国街道の説明石板と旧公会堂の鬼瓦が飾ってあります。旧秋和村は真田氏が上田に築城した際、防衛のために置いた村のひとつと記されています。

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 その先、5分で右手に火の見櫓が建っています。街道はその前を右に入ります。火の見櫓の足元に「右 ねずみじゅく」と記された小さな道標があります。

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 静かな住宅街を歩き、火の見櫓から3分で、右手に常夜灯と猿田彦大神の碑が立っています。説明板には村民や北国街道を旅する人の安全を祈願して建てられたと記されています。

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 しばらく歩くと、人家が途切れて南側の視界が開けてきます。近くを国道が走っています。木々の紅葉が進んでいます。

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 火の見櫓で右に入ってから8分で上田バイパスの下をくぐるトンネルに差し掛かります。

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 その手前、右手の高台の上に道標が立っています。説明板には、このあたりに一里塚があったと言われており、道標には「此道往還人」、「右北国街道、左さくば道」と刻まれています。さくば道とは農道のことです。

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 街道に戻り、上田バイパスをくぐります。トンネルを抜けたら斜め右の道を進みます。手書きの「北国街道」の標識がところどころ立っています。

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 すぐに、小さな橋を渡ると、その先で長野新幹線の高架下をくぐります。紅葉の山が目前に迫ります。

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 上塩尻地区に入ります。このあたりは中山道塩尻と同様に塩の道の終点となっていたため、そう呼ばれるようになりました。古くは養蚕業が栄えたところでもあり、趣のある旧家が並んでいます。

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 道はやがて国道18号と合流しますが、街道はそのすぐ手前を右折して細い路地を進みます。

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 しかしながら、およそ、100mほど歩いて国道と合流します。

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