今へ続く街道を歩くと

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東海道(25)桑名~七里の渡し・桑名宿~四日市宿~近鉄四日市 その6

 

2023年11月12日

 

朝明川

 

 四日市に入り、朝明(あさけ)橋を渡り終えた左手には「いこいの広場」と呼ばれる小公園があります。休憩場所や東海道の説明板や力石が置いてあります。

 

 「ここから四日市 ここは四日市の 東海道 北玄関 松寺」の説明板があります。かつての朝明橋の写真と広重の東海道五十三次四日市の浮世絵が載っています。広重のほうは三重川(三滝川)を描いたと言われているので、朝明橋ではなさそうです。

 この先、松寺、蒔田、西富田と集落が続くことを示しています。


 力石が置いてあります。江戸末期から明治初期にかけて、この場所にあった茶店の軒先に置いてありました。その重さは27貫目(約100㎏)で、北勢地方でよくみられる力石は神社仏閣に置かれているのが普通で、民家に置かれているのは非常に珍しいものだそうです。東海道を往来していた旅人や駕籠かき達の力自慢が行われました。

 

 東海道は朝明川の土手を、S字を描いて下ります。

 

 東海道のこんな地図も架けられています。

 

 松寺地区を進みます。

 

 松寺の立場跡の説明板があります。

 

 立場跡の説明板の裏には輝子頌徳記念碑が立っています。佐藤輝子は明治から大正にかけて裁縫の教育に力を入れ、千数百人の門下生がいたと言われています。

 

 さらに松寺地区を進みます。

 

 蒔田に入ると右手に御厨神明社の社標と宝性寺の寺標が立っています。

 

 その隣の奥には長明寺があります。

 

 長明寺は蒔田城跡にあり、堀と塀に囲まれています。蒔田城は寿永年間(1182~1185年)に伊勢平氏の一族の平家資がこの地に築城したのが始まりです。その後、平家が壇ノ浦の戦いで滅んでから、鎌倉幕府側によって落城しました。後に後白河院の領地となり、守護職として蒔田氏が居城しますが、戦国時代には、織田信長の北勢侵攻ので、滝川一益によって蒔田氏は滅ぼされてしました。蒔田氏は深く仏教に帰依し、城内にお堂を建立したのが長明寺の始まりと言われています。

 

 蒔田交差点を通ります。

 

 左手には鏡池跡の石碑が立っています。

 

 聖武天皇天平12年(740年)、行幸でこの地を通った際に、一陣の風が吹き、天皇の笠が飛ばされて池の中に落ちてしましました。傍らで洗濯をしていた娘が笠を取って差しだし、それが縁で天皇はその娘の家に泊まることになりました。翌朝、天気は晴れ渡り、馬上の天皇と見送る娘の姿が鏡のように池に写っていたことから鏡ヶ池と呼ばれるようになりました。

 

 西富田に入り、その先でJR関西本線の踏切と三岐鉄道の高架を通ります。

 

 右手には三光寺があります。平安時代末期に後白河院守護職であった蒔田相模守宗勝の墓碑があることで知られています。

 

 すぐの角を左折します。

 

 再び三岐線の高架と近鉄名古屋線の高架をくぐります。

 

 用水路に架かる橋には一里塚橋と記されています。

 

 橋の名前のとおり、かつて、この付近には一里塚がありました。

 

 富田の一里塚で、日本橋から数えて98里目の一里塚です。

 

 富田の町に入りました。

 

 八幡神社址の石碑が立っています。八幡神社は、弘安2年(1279年)に富田地頭佐原豊前守政盛によって八幡菩薩を勧請したのが始まりです。明治42年(1909年)に鳥出神社へ合祀され、八幡神社跡の碑が立ちました。その後、昭和40年(1965年)、現在の場所に社殿が再建されました。境内には力石が置いてあります。

 

 先の十字路は左へ入るとJR富田駅に続いています。

 

 東海道は先のT字路を右折します。

 しかし、昼食時なので、JR富田駅裏にあるイオンモールへ向かうため、T字路を直進して突き当りを左折します。

30分ほど休憩してから、東海道に戻ります。

 

 里程標が立っています。正面には、「津市元標へ拾里 三重郡富田町」、右面には、「四日市市大字四日市へ壱里八町」と記されています。

ところで、この辺りの東海道の歩道にはオレンジに色付けされています。

 

 次の十字路を右へ入ると近鉄富田駅です。

 

 地域市民センターの前を通ります。

 

 焼蛤といえば桑名と言われていますが、焼蛤は江戸の時代から富田と小向が名物ですと書かれています。「富田」の字のフォントが一段大きくなっているところに気持ちが込められています。

 

 地域市民センターの門の脇には大正の道標があります。「右 富田一色 東洋紡績 川越村 道」と記されています。

 

 

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