今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

甲州街道(9)勝沼から甲府 その5

 

2021年10月30日

 

甲府柳町宿

 

 身延線のガードをくぐります。右手には善光寺駅があります。甲斐善光寺は手前の交差点から800mほど北に行ったところにあります。

 川中島合戦の際に、善光寺(長野)の本尊は武田信玄によって甲斐善光寺へ移されました。その後、時の権力者の都合によって、各地を流転していた本尊は豊臣秀吉の死後、元の善光寺に戻りました。甲斐善光寺善光寺本尊の流転の舞台となっています。

 ガードの先から、金手(かねんて)と呼ばれる桝形がいくつか続きます。まずは突き当りを左へ曲がります。

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 すぐに道なりに右へ曲がります。

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 そのすぐ右手には石川家住宅が建っています。繭糸問屋を営んでいた商家で黒漆喰の重厚な建屋が目を引きます。

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 直線の城東通りを進みます。

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 エネオスの前で左折します。

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 次のT字路を右折します。

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 右折する手前の左手に天尊躰寺があります。天尊躰寺には江戸幕府の金山奉行も務めた大久保長安墓所があります。長安は武田家家臣でしたが武田家滅亡後は徳川家康に召し抱えられました。

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 金手を右に曲がると、甲州印伝の店、印傳屋があります。印伝は鹿革に漆で模様付けをした工芸品です。博物館も併設されています。

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 街道の左手、NTTの向かいには新聞発祥之地の碑が立っています。明治5年(1872年)に峡中新聞として発刊されたのが日本の新聞の始まりと言われています。

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 NTT甲府支店西交差点を左折します。

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 この辺りはかつて柳町と呼ばれ、甲府柳町宿の中心地でした。本陣や脇本陣がありましたが、今はその面影はありません。

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 問屋街入口交差点を右折します。

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 さらに、正面のうなぎの若荒井の前を左折します。

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 歩道に屋根のついた商店街を進みます。

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 すぐのT字路、桜町南交差点を右折します。最後の金手となります。善光寺駅の先から合計8回の桝形を通ったことになります。

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 商工会議所の前を歩きます。

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 甲府柳町宿に入って33分、相生歩道橋交差点に到着しました。本日の街道歩きはここで終了とします。右折して甲府駅を目指します。

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 甲府の官庁街の脇を歩いていきます。街路樹のケヤキも色づき始めています。

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 駅前通りに入って12分で正面にある甲府駅に到着しました。

 ここで、右に曲がって甲府城へ行ってみます。

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 すぐに、甲府城の入り口に着きます。甲府城舞鶴城とも呼ばれ、一帯が公園に整備されています。

 甲府城は武田家滅亡の後、豊臣秀吉によって築城されました。関ヶ原の合戦の後は徳川家康支配下になり、徳川家一門や柳沢家が城主に就いていました。柳沢家が大和郡山へ移封された後は、幕府の直轄地となりました。しかし、明治に入って廃城となりました。

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 天守台に上ってみます。甲府城の石垣のほとんどは野面積みと言われています。これは信長・秀吉時代の工法で400年前のものが残っています。

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 天守台に上ると甲府の街並みが一望できます。ちょうど富士山が見えました。

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 西側の眺めです。山並みの説明板には笹子峠が記されています。この写真では、息を切らせて越えた峠はどのあたりなのでしょうか?

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 天守台から甲府駅に戻ります。時刻は14:20です。本日は5時間5分の行程でした。駅ビルで休憩してから、14:54発の特急あずさに乗って帰路につきました。

 

 

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