今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

日光街道(3)北春日部から栗橋 その1

 

2013年12月29日

 

小渕

 

 北春日部駅に8:35に到着しました。天気は快晴。風が冷たく結構寒いです。シェルジャケットを着て、マフラーを巻いて完全防備でやってきました。8:40に歩き始めます。

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 古利根川を渡り、本日のスタート地点である小淵北交差点を左折して、日光街道に入ります。

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 小淵北交差点から5分ほどで杉戸町に入ります。

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 すぐに、北緯36度の地球儀のモニュメントが立っています。ここのパーキングは「すきすきすぎーと36」と名付けられています。

 傍らにはパーキングや杉戸町の説明板があります。この地には北緯36度線が通っているようです。

 杉戸という名前は、かつて杉林が多く、いつしか「杉の渡」と呼ばれたのが語源と言われています。また、杉戸町では、夏に古利根川で行われる流灯祭が有名だそうです。幻想的ですね。

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 地球儀のモニュメントから10分ほどで、堤根南歩道橋の手前に、左に分岐する道が見えてきます。日光街道は左に入ります。いかにも旧道といった感じです。

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 その先、すぐの左手に九品寺があります。街道を隔てた右側にかつては立場がありました。

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 旧家を見つつ、旧道を7分ほど歩くと、堤根南交差点で国道4号に合流します。再び国道歩きが始まります。

 堤根南交差点から10分弱でY字路となっている堤根交差点に着きます。日光街道は再び左の旧道に入ります。

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 堤根の交差点から旧道を5分ほど歩くと左手に木村屋があります。かつてこの辺りに一里塚がありました。

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 木村屋の道路を隔てた向かいの民家の生垣に三本木一里塚の説明板が立っています。日本橋から数えて10里目の一里塚です。

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 一里塚跡から7分で清地二丁目交差点に着きます。その先、右手に造り酒屋の関口酒造があります。造っている酒の銘柄はその名も杉戸宿です。

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 その先、右手の農協の前に、南側用水路の由来説明板があります。江戸時代初期に葛西用水が作られた際に設けられた農業用水路です。昭和63年(1988年)にその役割が終わり、現在は遊歩道となっています。

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杉戸宿

 

 左手奥に東福寺があるあたりから杉戸宿の新町に入ります。手前、清地村は杉戸宿の助郷村でした。

 農協から5分ほどで本陣跡地前交差点に着きます。左に曲がって直進すると、正面が東武動物公園駅になります。このあたりは、杉戸宿の中心地で右手、とらや薬局は漢方医虎屋跡です。

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 また、交差点、手前の右角にある三井住友信託銀行あたりに問屋場がありましたた。銀行の前には明治天皇御小休所址碑が立っています。

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 交差点の先には、本陣や脇本陣がありました。しかしながら、それを示すものはありません。

 右手には、本陣長瀬家の門が残っています。立派な松が見えます。

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 さらに杉戸宿は続きます。

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 街道はその先で右にカーブして横町に入ります。カーブの正面には重厚な蔵のある旧家が建っています。米穀店だったそうです。

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 カーブから5分ほどで、国道4号と合流します。そこから、また、国道歩きが始まります。

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 国道を歩き始めると両側に飲食店が多く見られるようになりますが、その西側は田んぼが広がっています。風通しが良くなったせいか、風が強くなってきました。

 国道と合流してから20分弱で、左手、山田うどんの駐車場に茨島の一里塚の説明板が立っています。日本橋から数えて11里目の一里塚です。

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 一里塚跡から3分ほどで幸手市に入ります。

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 幸手市に入って、さらに国道4号の歩道を7分ほど進むと、上高野小入口交差点というY字路に着きますが、日光街道は、ここを左に入ります。

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 国道から左へ入ってしばらく、細い道を歩きます。その割には、結構、車の往来が多いです。

 ジョイフル本田の脇で東武線の踏切を越えます。

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 踏切を越えたところから、陽を背中に浴びる道になり、さすがに背中に汗を掻き始めました。

 すぐの右手に、幸手市南公民館が建っています。

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 公民館の入口の門の前に、道路元標と説明板が立っています。この道路元標はこの先の御成街道との追分付近に立っていたものでしたが、道路拡張工事のためにここに移されました。設置年代は不明ですが、大正8年(1919年)の法律により各市町村に一か所設置されたものにあたると言われています。

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 踏切を渡ると左手は見渡す限りの田んぼとなります。写真では上手く撮れませんでしたが、西の遥か向こうには雪を頂いた富士山を望むことができます。

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 圏央道の工事が進んでいます。

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日光街道(3)北春日部から栗橋 その2へ続きます。