今へ続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

今へ続く日光千人同心街道を歩くと

 

今へ続く日光千人同心街道を歩くと

 

 このブログの目的の一つは、今へ続く街道の様子を備忘録として残すことにありますが、脇往還になると名所・旧跡は少なく、どうしても「こっちの道に入って」とか「この坂道を上って」などの表現ばかりになってしまいます。ひょっとしたら、自分の家の前の道が、昔の街道筋だとは知らない人も多いのではないかと思ったりします。

 この街道は、日光脇往還とも呼ばれ、江戸時代を通して、千人同心で構成された日光火の番が往復していた街道ですが、多摩地区と北関東の物資を繋ぐ道であり、大山や富士山詣での道でもあったようです。一里塚があったのかはよく分かりませんでしたが、旅する人々にとっては道標が重要な目印だったに違いありません。

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歩いた行程

 

日付   行程
2014-12-30 西八王子⇒箱根ヶ崎
2015- 1- 2 箱根ヶ崎⇒武蔵高萩
2015- 1-11 武蔵高萩⇒東松山
2015- 2-11 東松山⇒行田市
2015- 4-18 行田市⇒茂林寺前
2015-12- 5 茂林寺前⇒佐野

 

 

日光千人同心街道三景

 

 多摩地区や埼玉県西部の道路標識には「日光街道」という名前が使われていました。そして、玉川上水に架かる橋には「日光橋」という名前が。

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 そして、日光街道杉並木が残っていました。杉並木と言いつつ、松、桧、檪、楢などが一緒に植えられていました。

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 大きな川をいくつも越えました。浅川、多摩川入間川、越辺川、都幾川、荒川、利根川渡良瀬川。日光千人同心街道を行く旅人は川渡しに、結構、難儀をしたのではないでしょうか。

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日光千人同心街道の先の道

 

 天明宿の先、千人同心の歩いた日光例幣使街道日光西街道壬生通り)はすでに完歩しています。後ほどアップの予定です。また、八王子スタート地点の甲州街道は、現在進行中です。

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・青梅街道(新宿追分から甲州酒折追分) ;箱根ヶ崎宿で交差

・児玉往還(川越から藤岡) ;高坂宿で交差

 

 

<日光千人同心街道 完歩>