今に続く街道を歩くと

気楽に歩きながら街道の雰囲気を楽しんでいます

甲州街道(3)調布から日野 その2

 

2020年1月3日 

 

 本宿

 

 本陣門の先で本宿交差点に出ます。右から国道20号と合流します。交差点を振り返って見ました。

 本宿村はかつて江戸初期に甲州街道が制定される前の甲州古街道の宿場町でした。

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 すぐ先には本宿交番前交差点があります。国道の上り方面の車線がめちゃくちゃ混んでいました。

 ここを左折すると西府駅へ通じています。駅の先のNEC府中事業所の中に本宿の一里塚碑があります。日本橋から数えて8里目の一里塚です。

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 少しだけ歩くと、右手には熊野神社があります。

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 神社の裏に回ると熊野神社古墳があります。あまり見かけない上円下方墳です。結構珍しいと思います。一段目は一辺32m高さ0.5mの方形、二段目が一辺23m高さ2.2mの方形、三段目が直径16m高さ2.1mの円形の三段構造になっています。国の史跡に指定されています。国道脇には展示館もありますが、本日は休館日でした。

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 熊野神社を出発します。南武線の上を渡ると国立市に入ります。国道20号はその先で中央高速の国立府中インター方面へ左に曲がります。甲州街道はそのまま直進します。どうやら、先ほどの上り車線の渋滞はインター方面から都心に向けて走る車の流れだったようです。その先の甲州街道は急に車の数が少なくなります。

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 やがて左手の先には森が見えてきます。谷保天満宮の森です。車で参拝される人が多いのか、今度は下りの左側の車線が渋滞しています。

 谷保天満宮湯島天満宮亀戸天神と並ぶ関東三大天神のひとつです。結構、初詣の人で混雑しています。

 谷保天満宮多摩川と並行して走る立川崖線沿いにあり、甲州街道の崖上から階段を下って行くと崖下に社殿があります。よくある神社のパターンとは逆ですね。

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 甲州街道に戻り、谷保天満宮前から段丘崖を下っていきます。坂の途中から富士山を望むことができました。

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 単調な郊外の道を歩きます。

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 谷保天満宮から歩くこと30分で左手、青柳福祉センターの生垣には元青柳村の常夜燈が立っています。火伏の神様、秋葉様を祀っています。

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 その先で立川市に入ります。

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 五差路の日野橋交差点に出ます。甲州街道直進方向、ガソリンスタンド左脇の道に入ります。

 左折すると日野橋で多摩川を渡りますが、昨年の台風の影響で橋桁が陥没してしまい、現在日野橋は通行止めになっています。

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その先は静かな住宅街です。

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 すぐの止まれのある十字路を左折します。道なりに左へカーブして市民体育館の脇を通ります。標識が旧甲州街道であることを示しています。

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 この辺りは多摩川に近く、段丘涯の下に位置しているので湧水も豊富なのでしょう。水場があります。

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 その先で日野橋交差点で分かれた新奥多摩街道を横断して、50mくらい歩くと左手に日野の渡し碑があります。このバナナみたいなものは渡し船を表しているのでしょうか。

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 渡しの碑から右に曲がり、すぐのところを左に曲がると正面には多摩川の土手の下に出ます。階段を上がると、多摩川が広がります。

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 土手道を上流に向けて歩き、先の立日橋で多摩川を渡ります。立日橋には並行してモノレールが走っています。土手道では散歩している人、自転車に乗っている人がいてのどかな風景です。

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 右手には富士山もよく見えます。

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 昨年の台風の影響でしょうか、河原の整備が行われています。今日の多摩川はとても穏やかに流れています。台風の時は橋桁を壊すくらいに荒くれていたなど想像もつきません。

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 およそ5分で立日橋を渡り切ります。日野市に入ります。渡ったところで左の土手道に入ります。

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 水路には白鷺も見えます。

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 土手道の車止めの脇に日野の渡しの説明板があります。甲州街道は貞享元年(1684年)以前は少し下流の万願寺船渡場で多摩川を渡っていましたが、それ以降は日野の渡しを通る道筋に変更されました。渇水期の10月から3月までは土橋を渡し、3月から10月までは船で渡りました。しかし、文政7年(1824年)以降は通年で船渡しになりました。そして、大正15年(1826年)に日野橋の開通とともにその役割を終えました。

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 車止めから折り返し、立日橋からの道路下をくぐります。くぐったところで左折して、道路沿いを歩きでます。

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 その先の立日橋西交差点からモノレールは左へ反れていきます。帰ってから分かったのですが、甲州街道はそのまま直進しますが、モノレールに沿って先を進み、中央高速道をくぐった左手に万願寺の一里塚跡があったようです。初期の甲州街道は万願寺の船渡で多摩川を越えた後、ここを通って日野宿に入りました。日本橋から数えて9里目の一里塚です。

 そのまま直進するとT字路に突き当たります。新奥多摩街道交差点です。かつてはこの辺りに日野宿の江戸側の入口がありました。下の写真は日野宿方面を見ています。

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日野宿

 

 右折して日野宿に入ります。すぐのT字路を横断した左手角には高幡不動道標が立っています。左の道は川崎街道と呼ばれ、この先、浅川を渡り高幡不動尊に通じています。

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 少し歩くと、左手には日野宿本陣跡があります。残念ながらここも休館日で中に入れません。門の脇には本陣跡の説明板が、右手の植栽には脇本陣の説明板が立っています。日野宿には上佐藤家と下佐藤家の名主がいて、当初上佐藤家が本陣を、下佐藤家が脇本陣を務めていましたが、幕末には両家とも本陣を務めました。建屋は隣り合った敷地に建っていたそうですが、ここ下佐藤家の屋敷は甲州道中のみならず都内に遺る唯一の本陣建築と記されています。

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 本陣の道を隔てた反対側には図書館がありますが、その脇に問屋場・高札場跡の碑が立っています。

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左手に八坂神社のあるところで、甲州街道は右の路地に入ります。

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 すぐの十字路を左折します。カフェの案内板にも左折の表示があります。

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 別れた道との合流点、日野駅前東交差点で本日のウォーキングを終了します。右折して日野駅に向かいました。時刻は12:50。4時間15分の行程でした。

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